四万十川に導かれて
カヌーやカヤックに乗る人種にとって、高知の四万十川を下るということは原点とも終着点とも言えるものだと思う。
大学生の頃に無理してローンを組んでフジタのフォールディング・カヤックを購入した僕は、主に湖や海を中心にカヤック遊びを楽しんでいたのだが、やはりいつかは川下り、特に日本最後の清流と言われる四万十川を下ってみたいという気持ちはふつふつと湧いていた。
就職もして車も買って(東京で働いているので別に必須ではないのだが)、GWの連休と有給をぶつけて9日間の休暇をとることができたのは社会人3年目のことだった。
5月のちょうど良い気候と連休が重なり、このタイミングを逃すということは考えられず、四万十川下りにいくことに特段の検討もせずに決めた。
犬のハルもいることだし、荷物もそれなりになることを考えると車で行くのが無難であると結論付けたが、実際に走り出すとまずこれが第一関門だった。東京からはいかんせん遠いのだ。普通に考えて当たり前だけれど。
嫁は運転をほぼしたがらないので僕が単独で運転していくことになった。記憶が定かではないが、およそ12時間はかかったように思う。片道1,000kmを超え、1日での最大走行距離は間違いなく更新してしまっていた。
東名高速から大阪に入って淡路島に抜けていく。正直休憩は少なめだったからかあんまり記憶がないけど、徳島・愛媛と通り12時間ほどでようやく高知に入ることができた。
途中も愛媛の道の駅で観光を楽しむ余裕はあったのでまあ大丈夫ではあったと思う。
初日の宿は四万十カヌー館でキャンプとすることにしていた。カヌーで川下りの一つの起点になる施設だ。キャンプ場からレンタル用品などカヌーイストにお役立ちである。
オートキャンプではなくカヤックに荷物を詰める前提だったため、テントは山岳用のモンベルのステラリッジ。快適とは全く言えないけど、贅沢はいえない。夜は江川崎の町をぶらつきながら地元の人が利用する小さな居酒屋へ。川魚など地のものを楽しんでほどほどに酔っ払い、雨でぐしゃぐしゃになりながらその日は就寝。
昨晩は降られてしまったが、翌朝はばっちりと快晴。荷物を乾かしながら、いよいよカヤックを組み立てて荷造りをし、四万十川へと繰り出すことができそうだ。
あまり川下りの経験がないので、どちらかというと不安が心を占める要素としては大きい気もするが、ドキドキという意味では気分は上がっている。
ようやく憧れであった四万十川下りが始まるのだと思うと僕も嫁もにやにやしていたように思う。それでも気を引き締めて、近くのスポットからカヤックを下ろし、僕らの冒険が始まった。
流れは終始穏やかで、パドリングをしなくともゆるやかにカヤックは進んでいく。
多摩川など下ったことはあるけど、ここまで周囲に人工物が少ないところは初めてで、まるで僕らだけが自然の中にいる人間のように思えてくる。使い古された表現だけど、大自然の中にいると自分たちが卑小な存在に思えてくるから、普段の大都会での生活では感じることのない感覚に覆われる。心地よい川下り。
ときどき沈下橋を通ると、どこもそれなりの観光名物にはなっているようで観光客がちらほら見えてくる。僕らも観光客ではあるよな、といくつか沈下橋を歩いてみたいということもあり、補給もかねて降りてみることに。
増水の際に流れてくるものが欄干にかからないようにと両脇には何も遮るものがなく、関東では一切見たことのない形の橋でなんとも不思議な感覚になった。
カヤックに戻ると、僕らは再び四万十川の優しい流れに身を任せてゆるやかに川を下り始めた。(つづく)